「うん」と陽が答えた。陽も唯花の首に手を回し、その頬に何回もキスをした。その愛らしい仕草に唯花は癒され、この可愛い甥をますます愛おしく思った。「お姉ちゃん、どうしてこんなに遅くなったの?ご飯はとっくに作ってたのに」唯花は甥を抱いたまま姉に聞いた。「内装の業者さんが遅くまで作業してくれたから、帰るのが遅くなっちゃった。帰ってからご飯を作ろうと思ったのに、もう作ってくれたのね」唯花は言った。「お姉ちゃん、私はちょっとショックを受けただけよ。病気じゃないから、お姉ちゃんにご飯を作ってもらわなくてもいいの」唯月は近寄って妹が描いた絵を見た。それは髪飾りだった。「気分がよくない時、絵もうまくいかないみたいね。一旦置いておこう?」唯月は妹のスケッチブックを片付けながら尋ねた。「外で散歩でもしてきたら?」「動きたくないの、ずっと寝てた」「明日ちょっと出かけましょう。ずっと家に引きこもっていたら、余計に気分が落ちるわよ」唯花はうなずいた。「明日店に戻って仕事するつもりよ。年末にネットショップで受けた注文、みんな催促してきてるから」もうすぐ週末になる。学生は休みだ。今日は金曜日だった。ちょうど週末の二日間で、店でゆっくりハンドメイドを作ろうと思っていた。何か作業に没頭していれば、理仁に騙されたことばかり考えずに済むのだ。考えなければ、怒らなくなり、気分もよくなるのだ。「それもいいわね」唯月は妹が店に戻ることを止めなかったが、少し注意した。「さっき下で佐々木俊介に会ったわ。わざわざ私に会いに来て、おじいさんたちがまた星城に来たって教えてくれたの」それを聞いた唯花は眉をひそめた。「また何をしに来たわけ?結城理仁が結城家の御曹司だと知って、私がお金持ちになったと思って集ってきたの?」唯月が淡々と言った。「あの人たちが考えないと思う?」あの人達は厚かましくて全く恥知らずだから、頭に思い浮かんだことがどれほど非常識だとしても、行動に移すことができるクズなのだ。「そうしたいところで、何でも思うままになるとでも思うの?その気があったら、直接結城社長のところに行けば?」唯花は田舎の親戚たちとはかなり険悪な関係になっている。「本当に行けると思うわ。あの人たちなら」唯花は無言になった。あのクズたちは理仁に
莉奈はまだ妊娠していないため、俊介は自分と陽の親子関係がどんどん薄れていくことを恐れていたのだ。特に、唯月が隼翔と一緒にいるのを見てから、たとえ隼翔が唯月を好きになるはずがないと思っていても、息子が将来、他の男を「パパ」と呼ぶんじゃないかと心配していた。それで、この機会に陽を連れて行って暫く一緒に暮らし、父子の仲を深めようと考えたのだ。莉奈にも陽と接する機会を増やしてもいいと思っていた。万が一、莉奈が本当に子どもを産めず、唯月が再婚するようなことがあれば、陽の親権を取り戻すのもアリだと思ったのだ。どういっても、陽はこの佐々木俊介の息子だから、他人のことを父親と呼ばせたくないのだ。「私が離婚したことを知って、どうして私に付き纏ってくるの?それにもし本当に来たとしても、私は全く怖くないわよ。陽はあなたたちとあまり親しくないし、何より、あなたと成瀬さんは新婚なんだよね。この時陽を連れて帰ったら、成瀬さんはどう思う?それに、彼女は継母になるわけでしょ、その場合、実の父親であってもどんどん子供にいい顔しなくなるってことがよくあるのよ。陽をあなたに預けるなんて心配だわ。それに、あなたの両親、今成瀬さんとの仲が悪いし、陽が行ったらきっとめちゃくちゃ甘やかされるから。それで成瀬さんを刺激してしまったら、陽にとっていいことじゃないわよ。それに、佐々木さん、離婚した時に言った条件、ちゃんと守ってほしいわ」「よくもその条件のことが言えるな。あんな大きな罠を仕掛けていたとは思ってもみなかったぞ!」俊介は仕事がうまく行かず、ボーナスもなくなり、ただのちっぽけな基本給だけしかもらえないのを思い出して、イライラしてきた。それに、副収入もだんだん少なくなっていた。それは、取引先たちがスカイ電機との契約を打ち切ったため、彼の副収入も当てられなくなったからだ。前にがっつり横領しておいたおかげで、今貯金がまた二千万円以上に戻ったのは幸いだった。たとえ仕事を失っても、しばらく生活に困ることはないのだ。しかし、彼をこんな目に遭わせた張本人に対して、俊介は今でも歯ぎしりするほど恨んでいた。他人の成功への道を断つのは、その人の人生を丸々断つのと同じだった。これは間違いなく、唯花が結城社長にやらせたのだろう。それも唯月の恨みを晴らすため、つまりそのことは唯月
「パパ」陽は俊介を呼んだ。俊介は近づき、陽を抱き上げて、少し遊んでやった。唯月が電動バイクを止めたのを見て、口を開いた。「お前の爺さんと従兄弟たちがうちの会社に来たぞ」唯月は眉をひそめた。「何をしに行ったの?」彼女はもう俊介と離婚したのに。離婚した時、内海じいさんは元義母から何十万円も巻き上げたと聞いていた。元義母はそのお金を取り戻しただろうか。おそらく無理だろうと唯月は思った。一度祖父の懐に入ったお金は、二度と取り戻せないはずだ。両方とも厚かましいクズ人間だから、争う様子はさぞ面白かっただろう。残念ながら、それは見られなかった。「あいつら、唯花が結城家の若奥様だと知って、会いに来たんだろう。唯花の店は今閉まっているし、トキワ・フラワーガーデンにも入れなかったから、見つからなかったんだろう。それに、電話しても、唯花は出なかったそうだ。お前に会いたくても、どこに住んでいるのかも知らないから、仕方なく俺の会社に来たわけだ」そのせいで、新婚の妻に誤解され、機嫌を直すのに一苦労した。莉奈は彼が唯月と連絡を取るのを一番嫌がるのだ。「私がここに住んでいること、彼らに教えた?」俊介は息子の白くて柔らかい顔を見つめた。血色がよくて、唯月がしっかり面倒を見ているのがわかった。彼は淡々と言った。「教えなかったさ。ただ、離婚してから連絡も途絶えた。お前の住所なんか知らないって言った」あの厄介なクズ親戚が来れば絶対ろくなことがない。唯月が奴らに絡まれるのは全く気にしないが、息子の生活に影響が出るのはさすがに困る。「お前の上の二人のいとこには少し人脈があるから、遅かれ早かれお前の住所がわかるだろう。もし騒いで来たら、陽を俺のところに預けろよ、陽が怖がるだろう」俊介は莉奈と実際の関係を持ってから結構な時間が経っていたが、莉奈はまだ妊娠の兆候もない。佐々木母はずっと彼の前で、莉奈は子供の産めないなり損ないだと陰口をたたいていた。俊介は母親の言葉に腹を立てた。莉奈と付き合ってまだ日が浅いのだ。十年や二十年が経ったわけでもないのに、もしそれだけ長い時間一緒に過ごしてきて妊娠しなければ確かに問題があるかもしれない。しかし、結婚して二十年後ようやく妊娠した事例もあるのだ。彼の会社には、ある清掃員のおばさんがいた。十九
おばあさんは彼の肩を叩きながら言った。「頑張って、おばあちゃんは心からあなたが唯花さんを連れて戻るのを応援してるよ」理仁は思わず言った。「ばあちゃん、それ、皮肉じゃないか」おばあさんの目にはいたずらっ子のような光がきらりと閃き、認めなかった。「そう?どこが皮肉なの?」「俺は以前、絶対そんなことしないって言ったから……」「そう?あなたが言わなかったら、おばあちゃんはもうすっかり忘れてたわ。でもね、理仁、あなたはずっと自分の言葉を覆すようなことばかりしていたじゃない。面子も何もないわよ。だから、もう何をやっても別におかしくないじゃない?」理仁は言葉を失くした。これは本当に実の祖母が言える言葉なのか!祖母と少し話し合い、これまで知らなかったことを聞き、理仁はようやく祖母がなぜそこまで彼を唯花と結婚させようとしたのか理解した。一つは祖父の遺言のため、もう一つは得体の知れない占い師が彼と唯花が今世夫婦になれると予言したためだった。だから、祖母はどうしても彼らを結婚させたのだ。もちろん、今理仁はその占い師に感謝している。もし、唯花のことを愛していなかったら、彼は間違いなく、その占い師の看板をブチ壊していただろう。一方、唯花は姉と一緒に理仁の屋敷から離れると、先にトキワ・フラワーガーデンに戻った。彼女の荷物を全部まとめて持って行こうと思ったが、結局何着かの着替えだけを持ち、姉のマンションに泊まった。二匹の猫と犬は連れて行かず、唯花は清水に電話して、そのペットたちを理仁に返すよう伝えた。この子たちも彼から贈られたものだからだ。清水はペットを理仁の元に連れて行った。理仁はぽっちゃりと太った三匹のペットをじっと見つめて、しばらくして清水に言った。「唯花さんはしばらくこの子たちの世話をする時間がない。清水さん、あなたはもうこの子たちと仲良くなっただろう。唯花さんが帰ってくるまで、面倒を頼みます。それと、ベランダの花も大切に世話をしてくれませんか。あれは唯花さんのお気に入りだから」清水は恭しく了解した。清水がペットたちを連れて行こうとした時、理仁はもうひとこと付け加えた。「シロに食べさせすぎないで。もうボールみたいに太ってしまったな」清水は「……わかりました」と返事した。実は、このペットたちを買ってきてから、ほとんど清
理仁はしばらく唇を固く閉じて黙りこんだが、やがて口を開いた。「彼女は冷静になりたいって言ったから、邪魔しないほうがいい。少なくとも今は、行かないでくれ」おばあさんは頷いた。「理仁、あなたが唯花ちゃんを実家に連れて来たこと、おばあちゃんは嬉しく思ってるのよ。成長したわね。以前のように強引に引き留めたりしないで、適当な距離を置いて、相手に一息つかせてあげる時間を与えることを覚えたのは、良いことだと思うわ」理仁の顔色は相変わらず暗いままだった。「おばあちゃんは二、三日したら唯花ちゃんに会いに行くわ、あなたのためじゃなくて、おばあちゃんが彼女に謝らないといけないからね。最初に彼女を騙したのは私だから」理仁は「ふん」と鼻を鳴らした。彼ら二人とも、悪いことをしたのだ。「これからどうするつもり?」「ばあちゃんはどうすればいいと思う?」理仁は逆におばあさんに尋ねた。おばあさんは笑いながら、慈愛に満ちた眼差しで孫の整った顔を撫で、最後に軽く額を突いた。「自分の頭で考えなさい。ゆっくり考えて、方法を探し出すのよ。人を愛するということは、ただ好きになるだけじゃないのよ。相手を理解し、信頼し、すべてを包み込むことを学ばなければね。あなたのお母さんはね、私とおじいちゃんがあなたに生きる全てを教えたのに、人の愛し方を教えなかったと不満を抱いたわ。確かに、私たちが気づかなかったのよ。気づいた時、あなたはもう大人になってしまっていたわ……知ってる?おじいちゃんはあの世に行くまで、ずっとあなたのことを心配していたのよ。あなたがちゃんと結婚できるのかって心配していたの。あなたは幼い頃からちょっと冷たかったわ。少年時代からあなたに憧れる女の子が大勢いたのに、全く相手にしなかった。大人になっても、どこへ行ってもボディーガードを連れて行って、家族以外の若い女性を三メートル以内に近づけようともしなかった。おじいちゃんはそれを見てとても心配していたけど、もう病気のせいで教える気力もなかったから、おばあちゃんに頼むしかなかったの。実は、おばあちゃんはちょっと天命というものを信じていたのよ。唯花ちゃんと知り合いになって、彼女の誕生日を聞いて、あなたと彼女にはご縁があるかどうかってこっそり占い師さんに尋ねたの。それで、その占い師さんはね、あなたたちは夫婦になるご
多くの人は確かに一生に一度しか結婚しない。唯花は息子と結婚したのに何ももらっていないことを思い出して、確かに唯花には辛い思いをさせたと麗華は思った。彼女は「結納も式も後からでもやり直せるわよ」と言った。理仁はもちろんそれが可能だとわかっている。ただ、やはり彼女に辛い思いをさせてしまったのは事実だった。彼は立ち上がり言った。「母さん、今からばあちゃんと話してくる。母さんもばあちゃんを責めないでほしい。これは俺の人生の試練だ。愛という名の試練なんだ」生まれてから今まで、彼は何の挫折も味わわず、順風満帆に過ごしてきた。しかし、神様はそれを許さず、愛という試練を与えた。「でも理仁、お母さんはやっぱりもう一つ言っとくわ。あなたの身分が唯花の周りの人間にも知れ渡った今、彼女の実家の厄介な親戚も、お姉さんの元夫の家族たちも、きっとまたしつこく纏わり付いてくるわよ。唯花さんのことを考えて、彼らに便宜を与えるのは絶対に駄目よ。あの人たちは吸血鬼みたいなもの。一度甘い汁を吸わせたら、また何度も来ることでしょう。ずっとあなたに寄生するのはどうかと思うのよ。もし唯花さんに少しでも優しくしていたらまだいいけど、あの人たちは唯花さんとそのお姉さんにひどい仕打ちばかりしてきたでしょう。お母さんは気に食わないのよ。何が親戚よ。ご近所さんにも及ばないわ。あんな連中に便宜をはかるだなんて、考えただけで気分が悪くなるのよ」理仁の顔色が暗くなり、言った。「母さん、俺はずっと唯花さんの態度を見て行動してきたんだ。唯花さん自身も和解する気がないから、俺が彼らに優しくしてやる必要などないだろう。それに、今あの連中が不遇になったのも、全部俺がやったことだ。義姉さんの元夫の家族なら、もう「元」夫だろう?全く関係ない赤の他人じゃないか?まさか佐々木俊介の奴が図々しく自分は俺の親戚だと言ってくるんじゃないだろうな」麗華は言った。「ちゃんとわかっていればいいよ。唯花さんには一つだけ、お母さんがすごく気に入ってるところがあるわよ。それは物事をはっきり見極めているところ」何でもかんでも許してやるのはよくない。彼女はそうしていなかった。ネット民に一方的に不孝者だと責められた時も、彼女は全く屈しなかった。麗華は唯花がネット上でその批判的な者たちに言い返しているのを見たのだ。彼女